Atelier Sagan
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高橋さんの部屋 おでかけエッセイ 展評
おでかけエッセイ
「バリデビュー・3・・テロつき」サカイトシノリ(講師)

 
●ココロ優しくてチカラもちのワヤーン

<ワヤーン>
 僕は、府中にある金属加工会社の一室をアトリエとして借りています。そこに出入りするバリ人と知り合うことになり、今回の旅が実現しました。彼の名前は「ワヤーン・アルナワ」。バリにはファミリーネームがなく、名前の前に一番目の子供とか二番目の子供とかがつき、ワヤーンは一番目の意味があります。(実は5番目で、4の後は1に戻る)人混みのなかで「ワヤーン」と呼ぶと、たくさんの人が振り返ります。バリの言葉には、疑問形・過去未来形の文法が無くて、その場の雰囲気で判断するらしい。たぶん、小難しいことは必要ないのだろう。

 


●ヒマそうな機長

<ビジネスクラス>
 航空券の予約を担当していた者が、安いチケットを求めすぎて、終いには満席になってしまい、ビジネスクラスで行くことになってしまいました。そこでのハプニング。ワヤーンがスチュワーデスのねーちゃんに何か交渉しています。「コックピット見せてくれるって!」おいおい、このご時世、ほんとかよ?と思いつつ、見学すると・・・。機長はこちらを向いてくつろいでいて、窓には陽射しを遮るために新聞紙がベタベタ。「なにもすることないの?」と聞くと、「暇なんだ」って。いやはや、自動操縦とは知りつつも、頼りない。こんなことだから、テロに狙われるのだろう。帰国後、[JALの機長が知り合いの女性をコックピットに入れて処分された。]と報道されてました。ガルーダ航空だけではないようです。

 
●下っ端のマデーはバカデーと可愛がられた

<観光ガイド>
 バリのジンバラン空港には、海に夕日が沈む頃つきました。そこには、ワヤーンの義弟マデー(二番目の意味)を含めて、親戚が5人ほど迎えに来ていて、車に乗り込みホテルへ向かいました。そのマデーは、バリでガイドをしています。このように、空港やホテルまで迎えに来てくれて、行きたいところまで車を出してくれます。日本語が話せるので、通訳もしてくれます。約束事は出先で食べる食事代を出すことだけ。日本からの連絡で、ホテルの予約からジャワ本島のツアー申し込みまでやってくれます。当然、彼に頼んでおけば安くなります。例えば、最初の3日泊まったインペリアル・バリは50%offで1万円。二人で泊まれば5千円ということに。安いですね〜。彼は1日一人2千円で雇えます。HISで頼むと1万円ぐらい請求されるらしい。ご要望があれば紹介します。

 
●この汚いところに日本OLグループも来ていました

<初日から>
 車からのバリの眺めは、一言でいうと、「暗い」につきます。日本の過剰とも云える照明からみると、蛍光灯一つで営業している食堂やら土産物がたくさんあり、なかなか目が慣れませんでした。そして、信号のない道を相当数のバイクと車がどういうルールのもとで走っているか解りませんが、事故もなく平然と流れているのにはびっくりです。チェックインした後、食事に出かけました。まずは、街の両替屋で3万円をルピアに。これで十分と言われてもピンときません。そして、初めての買い物(必需品海水パンツ)を9万ルピアで買いました。なんだ!おいおい!高いのか?ゼロを2個消せばいいらしい。なるほど、千円。安いジャン〜。さらに、タバコが日本で280円のものが80円。(たっぷり買って帰国しました)夕食はクタ郊外にある「ナイトマーケット」。東南アジアによくある、真ん中に食材があって周りに食堂がならぶものです。汚いけれど、これがうまいのなんの!10人で食べて飲んで、一人400円。最高!

 
●朝は土産物おばさんがいません

<朝はビーチを散歩>
 日本の旅先ではまずしないのに、朝の6時からホテルの目の前のビーチを散歩です。バリの天気は、毎日が快晴で、暑いかすごく暑いかのどちらからしいが、早朝の陽射しはとても優しく、まるで映画の一場面のようです。「これがリゾート地かぁ〜!」とおもわずニタッとしてしまいます。午前中はプールが基本。実はこれが大切なことで、初日で2キロの体重増!同行者は「毎日3・増えている!まずい!」と叫んでいました。欧米人のようには、プールサイドでジッとしていられません。ビール飲み飲みプール往復です。

 
●ヤシの木の下あたりがワヤーンの土地

<午後からウロウロ>
 グループ旅行ゆえ旅の目的は人それぞれです。一日中ホテルで過ごしてもいいのですが、僕は老後の生活を海外に求めようかと考えているので、バリも選択の内かとワヤーンの土地を見に行き、あとは来年の個展にむけて、現地の手漉き紙とフレームの部材を手に入れました。どれもこれも安い!現地の値段を考えると日本のバリ家具店では買い物が出来なくなります。

 
●しまいには、手で食べ始めます

<バリ経済>
 バリでは銀行の利率が13%で(10年前は50%だったらしい)1000万円預金すると年130万円になり、一ヶ月10万円。3〜4万円で暮らせる土地ですから、十分で使用人ももてると言われました。そのかわり、政府がある限りと念を押されましたが、無年金者としては、十分に魅力的です。同行の社長はこの2年間、年数回バリを訪れ、いろいろ調べ回っています。ついに今回はワヤーンの土地を整地するにあたり、牛2頭買ってしまいました。ワヤーンの家には使用人の家族が2組いて、住居と食料を提供する契約らしい。使用人にトラクターは必要ないのです。子牛は役目が終われば2倍で売られることになります。それにしても、牛を買うと決めて、2日後に牛が届くとは驚きで、日本では考えられない。

 
●拷問いすがあるエステルーム

<ホテル>
 たぶん、一人でバリを訪れたならば、安パックの1000円ホテルに泊まったことでしょう。(それでも、日本の安ホテルよりは格段にいい)今回は、生活に余裕のある年輩者との旅行だったので、結構いいホテルに泊まりました。最後に2泊したホテル・ツグバリは、政府要人が泊まるようなところで、ヘリコプターのお迎えもあるらしい。それでも200ドルそこそこ。ベットは横に並んで寝れば5人は寝られるので、家族で泊まるとものすごく安くつきます。食事は外の安くておいしいところで食べるので、ホテルはいいところに泊まるべきです。日本人はつい足の便はと考えてしまいますが、ガイドがいるので安心です。実は、このホテルの目の前のビーチにつながる土地もワヤーンのもので、「僕、ここがいい!」とおもわず叫んでしまいました。ワヤーンの名前を出したら、このホテルも値引き交渉に応じたそうで、常々土地を売れといっているらしい。盆地育ちにとって、毎日晴れ上がった海を見て絵を描いていたら、どんなことになるのかと?想い巡ります。

 
●空港の近くにある食事処

<夕食はビーチで>
 一週間で一番高い夕食でした。しかし、当然一人1000円。ここはサンセットビーチで食事が出来ることが売りらしい。鯛、伊勢エビ、イカ等の海の幸を豪快に炉端焼きして調理してくれます。暗くなるとバンドがテーブルを回るのが少々うざったいですが、波打ち際に行って夜空を見上げると、久しぶりに見る天の川。同行者がロマンチックでないのが残念なところ。きらきら輝く星で思い出しました。バリ語では、サマサマとかバランバラン、ジャランジャランなど重複する言葉が多いようです。なかでもすぐに覚えたのがキラキラ。適当とかだいたいという意味で、「キラキラ8時集合ね」「キラキラOK」のように使って遊びました。

 
●毎日、消化剤をのみのみ食べ続けました

<空腹感がほしい>
 ホテルの近くの漁村に行って、伊勢エビを買い付け、朝から伊勢エビ丼を食べることになりました。残念なことに、インディカ米しかなくてそれほど感動的ではありませんでしたが、へたくそ調理のために身がたっぷりと入った伊勢エビのみそ汁は、絶品。これは、どこで食べても美味しいものだ。それにしても、よく食べたものです。これも香辛料のなせる技か?一週間で3・増え、未だに戻らず。

 
●そこらじゅうに、イヌがいます

<バリ犬>
バリでは、何しているか判らない、ジーと座ってる人と放たれたイヌをよく見かけます。ワヤーンに言わせれば、彼等はジャワ人、出稼ぎ浮浪者。バリの人は宗教も違うのでジャワ本島の人をあまり好きではないらしい。そして、イヌはちょっとキツイ目をしているけれどまったくの穏和。環境がゆったりとしているのでストレスがないのでは。それに、一日に何度も置くお供え物で食べていけるのでしょう。

 
●通りかかる人々がみんな小声

<テロ>
 その夜11時頃、寝入ったばかり頃、コテージのドアが蹴られるようにノックされて目が覚め、外を確認しても誰もいないし、なんだべ?と思いつつまた寝ました。翌朝キラキラ8時、レストランでは話もちきりです。ワヤーンのバカ従兄弟は早朝現場にバイクで駆けつけ、「バラバラを見てきた。」とか、「オーストラリア政府は、特別機を出した」とか。そこら中で立ち話が発生しています。事件の後は、人影はなくなり車もスイスイ。夕食後、不謹慎と思いつつ現場を見に行くことになり、当然のことながらロックアウトされ、停電で真っ暗。前夜、3軒隣で飲んでいたのですから、偶然生きているという言い方も出来ます。周囲もシャッターがまがり、ガラスが割れ飛び散っています。ぐしゃぐしゃに崩れた建物の中に神々しくそびえ立つ「ホコラ」がなんとも印象的でした。旅行中はBSのNHKも当然新聞も見ず、情報を絶っていたのですが、さすがにテレビを見てしまいました。
 観光で成り立つ国にとって、このような事件は致命的です。現地にいるものにとって、現場以外はまったくの平常なのです。ニューヨークのテロ後の沖縄を思い出しました。地域紛争地に旅行せよとは言いませんが、事件はどこでも起こりうるのですから、早めの旅行者の復活を望むところです。

  ●いまのうちは順調

<その後>
 帰国後一週間、毎日10時間位寝ました。旅行中は胃袋以外疲れなど感じなかったのですが、たぶんバリで気が抜けて、東京の夏の疲れがでたような気がします。旅の記憶が新鮮なうちにと、制作を開始しました。まだ描き始めなのですが、手がよく動くのです。実は久しぶりの感覚で、取材と称して海外へ行く画家の気持ちがあらためて良く解ったしだいです。

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