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何はとも、印象的だったのは、各国で案内に来てくれたガイドさん達が、
皆一生懸命に日本語を話し、この十年間の自由を心から喜んで、活気に満ちていた。
そしてその言動の端端に占領国であったロシアへの”うらみ”うかがえる。

リトアニアでは例のユダヤ人へのビザ発給で有名になった杉原千畝氏の財団のお世話をしていますという方が来てくださったが、
彼のお兄さんは占領下に禁止されていた母国語リトアニア語を使い続けたので、
シベリア送りにされてしまったとのことでした。

食事も安くておいしいし、ラトビアのリガでは、お尻の高さが私の肩位あるお嬢さん達が、
多いなと思ったら、案の定、今パリコレのモデル探しにスカウトが一番やってくる地なのだそうです。
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