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おでかけエッセイ

「フランスどたばた建築トラベル」山中歓喜(火・水・金クラス)



 今年の冬、僕は一人で、フランスに行って来ました。
「旅というのは、一人っきりでいくもんだぞ!」とのサカイ先生の、若かりし頃の旅の思い出話に、つい憧れて、フランス行きの激安航空券を一人ぶん買ってしまったのでした。これは、その旅のレポートです。

 一か月もの、長い一人旅を辛うじて乗り切り、実家でゆっくりしていた日曜日の夜、姉につられてグッドラックというパイロットのドラマを観てしまい、体調不良になった。いよいよ成田を飛び立つ時に味わった、あの凄まじい恐怖を、このドラマは僕に思い出させてしまったのだ。持っているのは一月後の航空券と僅かな旅費。ホテルの予約は初日からなく、そもそも、大まかな旅の予定さえない。こんなあぶなっかしい一人旅、楽しいはずがない。それは、苦行のようなものだった。

 飛行機がギュイ〜ンと唸りだした瞬間に込み上げた酸っぱい胃液。本当に、「おりま〜す! おりますよ〜〜!」と、叫び出したいほどだった。飛行機の、小さな窓の遥か下には、シベリアの大平原に、街の灯りがぽつりぽつりと侘びしく光っており、僕は、産まれて初めて、孤独という感情を深〜く味わったのだった。

 パリに着いたのは、真夜中。「パリで宿に困る事は、まずないだろう。」との地球の歩き方のコメントを誤って解釈し、北駅の辺りで宿を探し始めたのは、夜中の一時過ぎ。なるほど、ホテルの看板はたくさん光っているのに、なんと、ことごとく鍵が締まっているじゃあないか!インターホンらしきものを見つけて、いたずらに押してみてもなんの返事もない。「なーに、ホテルは山程あるのさっ!」と、次々あたるも、どこも鍵がかかっているのだ。真冬だというのに!路面は凍りついていて、北駅に戻ろうにも、自分の歩いて来た道など、もう、とうに憶えていない。しかし、そのような非常事態に、人は割合強いものですね。泣き出しそうな心とは裏腹に、なぜか、足は逞しくも前に出るのだっ。

 いよいよ、ホテルの看板も疎らになり、路地の雰囲気が怪しくなりはじめた事を感じた僕は、鍵のかかったホテルのトビラをしつこく叩きまくったのだった。その甲斐あってか、ようやく現れた従業員さんは、丁寧に僕を迎えてくれて、「君はラッキーだ。部屋は、一つだけ空いている」と言う。「そうか、俺はラッキーなのか」と浮かれながら従業員さんの後をついて行くとなにやら怪しい。つまり、なかなか一つだけ空いているという、その部屋に辿り着かない。

 電気の消えたまっ暗い廊下の奥、やっと通された部屋は、こげちゃ色で、空気までもがなにかしら焦げており、部屋を見た瞬間に、僕は、ぞわぞわ〜っと、鳥肌がたったのだった。これは、いる! なにか、いる! 悪霊がいるぞっっ! しかし、やっと見つけたホテル。もはや、泊まるしかあるまい。と、覚悟を決めてベットに潜り込もうとこげちゃ色の毛布をめくってびっくり。なんと、シーツが黄ばんでいて、えもいわれぬ臭いを放っているじゃあないか! 結局僕は着のみ着のまま、こげちゃ色の毛布の上に横たわり、一睡もせず夜明けを待ったのだった。しかし、なんと真冬のフランスの、夜明けが来るのの遅い事か! ようやくお化けホテルの窓辺に、明るい光が当たりはじめたのは、8時を過ぎた頃だった。

  いよいよパリの街にくり出して、最初にしなければならないことが、朝食をとるという事だった。幸い、パリをはじめフランスの街には、何処にもパン屋さんが豊富にあって、サンドイッチという、フランスパンに玉子やハムを挟んだ大きなパンが売っていて、これを一本食べると結構おなか一杯になる。しかし、慣れないうちは固いフランスパンの皮が口の中を荒らすのだ。バリバリのパンの皮が歯茎に容赦なくつき刺さって痛い。「真正直に噛むからいけないんじゃあないのか?」そう考えた僕は、フランスパンを噛まずに飲み込もうとし始めるのだが、これではのどが荒れてしまう。結局痛みをこらえて、やっぱり真正直に噛むしかないのだ。さんざん口内炎をつくったあげくに、どうやら固いフランスパンには慣れたけれど、あの、お化けホテルの翌朝、かの地で始めて食べたフランスパンは忘れられない。ホテルで苦労をし、逃げるようにして街に出て来て、やっとありついた朝食が、歯茎に刺さって痛いのだ!!

宿も駄目!朝食も駄目!パリで迎えた最初の朝、僕は、オペラ座の石段に腰掛けて、がっくりとうなだれてしまった。こんな風に、とにかく、最初の一週間は食べる事と、平和に、そして安全に寝る場所を確保するという事に必死で、それはそれは大変な思いをした。

 そもそも、この旅の一番の目的は、フランスの名建築を巡る事だったが、そのような眩しい目的など、日々の暮らしに追われ、危うく忘れてしまいそうになるのだった。たとえば、ゴシック建築の傑作、ノートルダム大聖堂がいつの間にか僕の、寒さからの避難場所になってしまっていた。

 僕は、寒くてたまらなくなると、決まってノートルダムに行った。そして、暖房の吹き出し口に程近い一番暖かい席に腰掛けて、なんと大きな建物だろう!と天井ばかりを見上げていたのでありました。あー、いったいなんという事だ!

  世界のアンドーこと、安藤忠雄が青年時代に訪れて、感動のあまり身動きすらできなかった。という、コルビュジェの作品群も、確かに訪れたはずではあったが、しかし、今となってはあまり憶えていない。そもそも、コルビュジェの建築はどれも辺鄙な場所に建っていて、辿り着くまでのドタバタ劇の方がコルビュジェの建築よりも、その時の僕には、ドラマチックだったのだ。

 野菜を腹一杯食べてみたくなって、やっと見つけた中華料理屋で、野菜炒めらしき物を注文したら、皿一杯、山盛りのブロッコリーが登場し、くそーっ!と思いながらブロッコリーをほおばった。とか、ベルサイユ宮殿の広大な庭園を歩いているうちに道をそれ、林に迷いこんでしまった。とか、そのような種類の事はいくらでも憶えているというのに、肝心の建築に関する事柄が、いまひとつはっきり思い出せないのはいったいどうしたことだろう。ちょっと、蕭然としてしまう僕なのでした。













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