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我が国有数と言われるポーラ美術館のコレクションが渋谷にきている。例によって印象派が中心だが、多彩な出品作家の中から中心的な作家であるモネを取り上げる。
ところで、絵画においてはふたつの面(プラン)がある。絵の具を塗られた表面としての画面と、全体の内容として把握されるイリュージョンとしての画面である。この観点からモネの作品を観てみる。まず出品作品を大きくふたつの時代に分けてみたい。即ち1870〜1890年までと、1890年代〜1910年までの足かけ40年にわたる期間である。
前者に相当するもの、'72年の「貨物列車」や'77年の「サンラザール駅の線路」など。これらの作品を遠目に観た後、近づいてその表面を観てみる。遠目に観ていたとき立ち上がるイリュージョンは列車の煙や大気、それらを通しておぼろげに浮かぶ建物、陽の傾きや空の曇った状態などをリアルに再現している。しかし近づいていって物理的な表面が見えるようになると、そのイリュージョンは消え、ただの絵の具のなぐりがきか、間抜けた塗り絵にしか見えない場合いもある。このような画面処理があのような効果を生むことに驚く人もなくないだろう。
後者の作品、'92年の「ルーアン大聖堂」や'00年の「国会議事堂」、'08年の「サルーテ運河」などを上記と同じようにして観てみよう。ある程度の落差はあるだろうが、それは前者のようなものとはあきらかに違っている。
そのことをわかる範囲で簡単に言えば、前者の場合、描かれた物理的な表面とその背後にあるイリュージョンとしての内容との関係は、いわば主従関係にあり、一種のトロンプルイユ的な効果をあげるために物理的な画面処理がなされている。それに対して後者は、そのような作品に対する「不満」から制作されたもので、そのような主従関係を解消しようともくろむものであったと言ってもよいだろう。では何故モネはそのことに不満持ったのか?そのことに関しては、彼の作品の前に立って、直に体験しながら考えてみてほしい。
それから後も、モネはその不満を解消するように、睡蓮の連作によっていっそう平面化された作品を生みだしてゆく。晩年の大画面は色彩の場の絵画とでも言えるようなものとなり、アメリカ抽象表現主義の下地を用意したことについては周知の通りである。
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