Atelier Sagan
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エッセイ
「その作品は仕上がっているか?」/柴村純一


 作品が完成に近ずくにつれうんざりさせられる。自分の浅薄な目論見があらわ になり、やりたいこととは違う姿が立ち上がってくるからだ。そこでまた壊す ことになる。そんなことを繰り返すうちに何をやろうとしていたのかわからな くなって作品はゴチャゴチャの厚塗りになり、未完成のまま放棄される。画家 は完成をめざしているというよりは、その作品から解放されることを切望して いるというのが実状ではなかろうか。解放されるためには何らかの収穫がなけ ればならないのは言うまでもない。

 レンブラントの作品はその当時未完成だと言われた。彼の作品はすばらしい統 一感を獲得しながら、ある細部においては描き込みが足りず、その当時の一般 的な概念(絵画は現実と同じように近づけば近づくほど克明に各々の細部が見 えてくるものであるという概念)を裏切っていたからだ。にもかかわらず作品 は申し分ない迫真性を備え、見る者に迫ってくる。大衆は最初はとまどった が、彼の作品は仕上がっており、完成していたことを認めざるを得なくなっ た。

 近代に移って印象派以降、「絵画の仕上がりという概念」が曖昧になったと言 われる。特に「塗り残し」で有名なセザンヌは絵画から仕上げという概念を追 放したと言える。彼の制作過程はいわば漸近線のようなもので、作品は限りな く完成に近づきはするが決して仕上がることはない。かくして作品は「仕上が るもの」ではなく「できるもの」となった。

  「油絵はいつまでも描くことができて終わりがない」ということをよく耳にす る。「終わり」はあるのであって、制作をやめたところで「終わり」なのである。




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