2007 サガンメール冒頭文レビュー

<12月>
 師走である。なんだか慌ただしくなり、いやな時期だ。それは年内にとか、年度内にと期日を決められることが多いせいでもあろう。多くの方が骨身を削って不眠不休で達成しようと頑張っている。

 仕事とは、まさに期日と予算と方策。いつまでに、いくらで、どのようにと追い立てられる。期日のない頼まれ事は仕事にあらず、見積もりのない仕事もありえない。このふたつがなければ方策などあるはずもない。さて僕の絵は仕事であるのか?上記の事柄に照らし合わせると仕事と言えるにははなはだ遠い。

 私ごと、来年の1月にある個展の制作をやっと終えた。まだ夏を感じる9月中の仕上げ予定だったが、2ヶ月も遅れてしまった。先月の冒頭文で太平楽なことを書きすぎたので、少々本当のところを白状します。

 ルーチンワークのような作業をしているうちは、気楽なもんですが、佳境に入ると刻々と次の方針を決めて作業を展開する時期がきます。大体そのようなときは、ドツボ・サイテイ状況。「経済も本格景気になる前に、真のドンゾコが来る」と経済学者が言っていた。これは僕のこと? と先には希望があるのだとさらに作業を進める。

 朝から描いているのですから、6時でやめます。夕飯を食べて、酒を飲んで早々と寝てしまいます。もう、ストンという感じで寝ちゃいます。しかし、その後がいつもと違う。3〜4時間後には、眠りが浅くなり、その後ずーーと考え事をしながら夢ともつかない状態。布団の中で絵を思い浮かべて絵を描いている。僕はこれを「仕事の体」とよんでいる。

 その「仕事の体」になると、ありとあらゆる可能性・シミュレーションをしはじめる。制作は一気にはかどり、あっけなく、ポロッという感じで出来上がる。というか、やめどき・落とし所がやってくる。考えれば考えるほど、あっけなく答えが出る。ものすごく正直だ。
プロジェクトを抱えている会社員も同様なことと推測する。せめて、そこだけでも絵を仕事として成り立たせたい。そして、来年はその「仕事の体」を数多く成し、鍛えたい。
(サカイ記)


<11月>
 世の中の不幸を全部背負ったかのような、そして、その苦労を売り物にするゲージツ家(画家・音楽家・作家 etc…)がいる。なんでいるかというと、他者がステレオタイプに、ゲージツ家が貧乏で、時間にルーズで、ヨフカシで、デタラメで、変人であって欲しいと求めていることに一因がある。そりゃ、中身のある変人はいるが、大方はシロートの出来損ないだと僕は思っている。

 ある画廊で、「1年以上も塗ったくって、見えないところに何十層も描いている」と自作を苦労話にして説明していた。「だからなんなの?」と思ってしまう。だいたい、有名どころの画家は早描きだ。何を表現するかを考えもしないで、制作した結果が1年以上ってところだろう。不幸だね、そりゃ深刻にもなるか・・・。

 10年ほど前のこと。画家連中が集まった飲み会があって、そこに大好きな年配作家も来ていました。彼は、いつも楽しい酒を飲み、会話も面白く、若者をホクホクさせる作家だ。そこで僕は訊ねたのです。「どうして、そんなに楽しくお酒を飲まれるのですか?」答えはカンタン。「だって、今日の仕事終ったもの!」

 夜中の魅力、徹夜仕事のコーフン、そんなものは今となっては意味のないことなのだけれど、僕はそれを捨て去り、朝方に転換したのです。もう10年はやく朝方生活になっていたら、大成していたかもしれない。今日一日、なーんもしないで、夜の飲み会。そりゃー不機嫌にもなるわ。

 日の出前に起き出し今日のイメージをする。朝日が真横に輝くときに走りに出て、完璧に目覚める。新聞を読みながら軽い朝食。そしてアトリエに出かけてスムーズに制作開始。朝の三時間は2倍の密度だ。だから、昼過ぎから遊びホーケテモ、問題なし。こんな生活が楽しくてしょうがない。「だって、今日の仕事終ったもの!」
(サカイ紀)


<10月>
 絵画教室に入会を申し込む方の多くは異口同音に「基礎から学びたい」といいます。そこでその基礎とはなんであるかが問われることになります。洋画界の先陣・黒田清輝らが遠くパリへ赴き、本質なきスタイルのみを輸入したことで、その後の美術教育に延々と「お手本絵画」が続くことになりました。

 欧米の絵描きは、ほとんどが日本的に言えば「へたくそ」で、日本のほうがはるかに「上手」です。それは、欧米での基礎とは[何に一番興味があるか?、何を一番大切にしているか?、自らの存在意義は?]で、常に自分に問いかけることから始め、日本のように形をとることを優先しません。

 子供は、ひどい指導者に出会わなければ、いたってすばらしく感動的な絵を描きます。なぜなら、子供は対象を描くのではなく[おいしかった、うれしかった、かなしかった」などの感情を描くからです。ここまでは、まさに欧米流ですが、その後、絵心のない教師や親に無意味な絵を強要されて、悲しいことに芽を摘まれることになります。

 人間には食欲、金欲、性欲、いろいろな欲望がありますが、ここで忘れてはいけないのが「表現欲」です。服装・インテリアも表現、音楽もダンスも文学ももちろん表現です。技術を得ることは表現ではなく、あくまでも手段です。なんとはき違えている方が多いことか・・・。誰でも持っているこの表現欲を刺激し続けると、すべての方がいい絵を描くようになります。

 美術大学を卒業して10年たつと、100人の卒業生のうち10人程しか絵を描き続けていません。そして20年たつと5人。子供の手が離れたからと20年ぶりに絵筆を持つ元画学生の絵は、見るに耐えられないこともあります。教室に10年通った一般の方の絵が輝き続けるのを知ってほしい。自ら選んだ表現方法を一生道連れに花咲かせてほしいものです。
(サカイ記)


<9月>
「忙中雑感」
 九月になり恒例の台風の洗礼も受け、あの焼け付く様な暑さにもやっとオサラバできやれやれですね。ただ団体展に所属している野村講師と私は.今年から六本木、上野でそれぞれ二科、主体と秋一番の公募展開催を迎えてバタバタしています。

 団体では大正生まれの老画家も、現役で100号以上の大作を酷暑を乗り越え出品しています。その中には点滴だけでひと月過ごした。あるいは手術であちこち切除した。または療養中の病院を抜け出して制作していただの、怪物並みのかたがたが居ります。

 大作の意義、意味をどうこう言う人もいますが、老いてなお絵画に挑む姿勢には爽快感を覚えます。我がクラスのT氏も今年で92才を迎えられるが、絵画を初めて50年。作品はに前向きに制作しておられる。その精神力には脱帽です。

 そんな訳で上野に行く機会が多く西洋美術館の前を通る度、10月開催予告のムンクの巨大ポスターが目に入ります。ムンク独特の人物に重くのしかかる空の絵が、残暑に抗うかの様に鳴く蝉の大群声とまったくミスマッチ。やはりポスターとはいえ ムンクはノルウェーで見てこそムンクなわけなので、そうなると只今開催中のサガン・ミニギャラリーの必然性納得するこの頃です。
(齋藤記)


<8月>
 早くも8月、暑い日々が続いていますが今年も後5ヵ月と思えばこの寝苦しい夜も愛おしく感じるこの頃です。 最近読んだ本によると、子供の頃の夏休みは時間に対してのロゴスを持たない為に日々夢中に過ごせたとの事、その感じは家の近くで見かける小学生の日焼けした顔で、何処かで面白い事はないかと探してる眼差しを見るにつけ自分もその頃は早朝から意味もなく走り回っていたなぁと。

 さて、私の夏休みは一月前に終了、アイルランドに行って来ました。アイルランドの西側に浮かぶアラン島が目的で12年前から3年置きに渡っています。ECに加盟していない頃はヨーロッパでも経済は遅れている農業国で物価も安く特にB&Bでの朝食は充実していて昼食一回分が浮く。「朝食を 大切にする国こそが豊なのだ」と勝手に盛り上がっていましたが現在は以前の2倍の物価高、アイリッシュブレックファーストは健在ですが。

 しかし、変わらないのは入館無料の美術館が、戦勝国でも経済大国でもないので美術史に出てくる作家の作品はありませんが,自国の作家を胸を張って並べています。イギリスへの抵抗の歴史、ケルト魂、変化に富む自然は多くの著名な文学者を輩出しているのです。同じ背景を持つ画家、彫刻家も自分達の誇りなのだと感じているようです。 作品を見ていると学芸員らしい紳士が近づいてきて作家、作品の説明をしてくれます。 作家の変遷を誇らしげに語っている姿に作品もそれを取り巻く人達も地に足が着いているなぁと実感させられました。

 そして、わが日本の美術館事情を振り返ると入り口でプラカードを持ったお兄ちゃんが大声で客寄せしてたり、会場の隅でアルバイトのお姉さんが正体を隠すかの様に椅子取りゲーム。先日アトリエに送られてきたポスターは美術やデザインから程遠いもの、まるで週刊誌のつり革広告。 ともかく、美術館は過去から現在の作家のそれぞれの切り口で語っている多面体です。発信のコアを見いだして行く力、それこそが現在共にあり続ける事の意味になり、その積み重ねが表現の確固とした土壌を作るのだと思います。 さて、皆さんこれからは学芸員にこちらからドシドシ質問してみてもいいのでは?
(齋藤記)


<7月>
 冒頭文、野村講師に続き、今月から齋藤が引き継ぎます。夏の果物も店頭に並び、わがアトリエのモチーフも彩りを添えています。また、会員主催のグループ展、個展の案内が掲示が 続き、活気と緊張感をもたらしています。以前にも取り上げましたが、現在柴村クラスの有志が開催している東芝病院のグループ展。このたび、病院機関紙にレポートを寄稿しましたので、 同文を冒頭文に換え掲載する事にしました。

『パサージュ展』
 私達「パサージュ展」は東芝病院のご協力を得て、2005年12月よりB1・1F・2Fの各通路、待合室にて20数名での絵画展示を行い現在に至っております。

 この話が実現出来たのは東芝病院勤務の須永さんから、病院では定期的に音楽会を催しているという話を聞くに及び、私達画家も同じ芸術に携わる者として何かできるのではないか?という考えに至ったからです。私自身も病院・介護施設に行く度に洗練された外観、清潔さと安全性を兼ね揃えた内部に感心しつつ、良く考えられた採光はかえって整えられた機能を浮かび上がらせ、その事で取り残された一隅がやはり日常とは異にする空間の緊張にさらに明暗をつけているのではないかと感じていたところでもありました。

 当初は作家のみの展示を考えていましたが長年自分の生徒の絵を見続けその表現には朴訥であったり、率直なもの、そしてあっけらかんとしたそれぞれの語り口があり今回の目的と合致しているのではないかと思い作家と生徒による展示構成となりました。開催にあたり参加者と何度かミーティングを持ち、意見を交換しました。
         
 参加者の中には、病院はなるべく避けたい怖い場所である。患者さんの立場に立った時、自分の絵を掛ける事がおこがましい。逆に病気を治してくれるポジティブな場である。などの意見もありました。しかしそれ以上に、辿々しい作品であろうとも不安や緊張が行き来する待合室、廊下を和らげる事ができるのではないかという期待が高まり参加の為の4つの柱を立て開催にあたりました。
(1)事前に病院の空間を体験する(体験ツアーを組んだ)
(2)搬入搬出、展示には責任を持って参加する。
(3)絵画に初めて接する方の為に一言コメントをつける。
(4)癒しの為の絵を描かない。

 初日、参加者は緊張の面持ちで集ました。地下から2階まで展示のバランスを考えては絵を持って停止しているエスカレーターを上り降りした。通路では手すりを使う患者さんの歩行の邪魔にならない様に、また待合室では椅子の高さを考慮に入れ作品の設置を工夫した。60数点の作品展示の試行錯誤、刻々と時間が流れる。

 ふと、参加者が以前ストレッチャーで手術室に向かうなか、薄れいく記憶の中で最後に目にした光景が「赤の消化器」であったという話がよぎり、微力ながら私達の拙い作品は絵画の持つ言葉で空間を照射できているのだろうか?そして最も必要性のある取り残された一隅に窓を開ける事ができたのだろうか?そして風が吹く事ができるだろうかと?配列を何度も見直し、この作業が絵画に求めるものそのももの様にそれぞれが作業に没頭していた。

 飾り付けも大詰めを迎えた時、やはり壁材が固く絵を飾るフックの釘が入らない箇所が何カ所かあり難儀していたが、手伝いに来てくれた大工仕事に明るい友人がトンカチのリズミカルな音で見本をみせ、皆それぞれの壁に残された作品を飾 りに向かった、あちこちから与作のリズムとモールス信号が合体したような音がこだまする、妙に可笑しく陽気に響く。まるでいにしえ人の喜びの太鼓の様だった。  
                              
 全ての展示作業が終り、路地という意味で銘打ったパサージュを歩いてみた、ある種の達成感と共にこの特殊な場を絵画によって和らげたいという思いは自己満足以外何ものでもないという疑念も頭をもたげて来る、ひと気のなくなった病院を後にしようとした時、車椅子の患者さんと付き添いの家族の方が一枚の絵に見入っている後ろ姿があり、その佇む光景は、絵と見る側がコミュニュケートした瞬間であった。    
                      
 この事も含め今回の展示は私達にとって絵画の可能性を深く考える機会になり、同時に個々の発信が広がりを持てたらと願うものであります。

 最後に今回の展示に快く御承諾下さった太田院長先生はじめ、休日を返上してご協力頂いた小泉課長、原田主任、増田師長、重田前看護部長に心から感謝申し上げます。
 2007 6月       
 齋藤 典久(アトリエサガン講師・主体美術協会会員


<6月>
 「日々雑記」
 常に発表することを前提に日ごろ制作しているわけでもないサガンアトリエでも、最近は個展、グループ展の発表の機会が活発にもたれるようになったと思われます。毎月会員諸氏の3.4枚の案内状を見かけます。振り返って確認する、それなりの塊を持った時期にもある方が多いということですが。いかに見せるか、ということもまた制作するという一連の意識の中にあることを捕らえてゆくのは大事なことでもあるでしょう。

 見せるという前提で、作品をただ並べる陳列ではなく、壁面に作品を展示しながら個々の作品のj関わりを配慮し、空間をを提案していく、自分の作品で会場構成をするという経験。個展とグループ展の構成の配慮は少し異なりますが、いずれにせよ、作品と空間の関わりを見出す神経がそこに見て取れることになります。空間や壁面の提案を含んで配慮される制作もあります。又、同じ作品が空間によってで異なるパフォーマンスをすることもあります。

 展示をを大切に考えることは作品を大事に思うこと、習作として描き捨てて放置することとは対極にある神経でしょう。自分の作品に執着はないが、習作や過程、失敗の集積でも責任は取る、、という思いではあるはず。いずれにせよ、<見せる>という神経についても、<描く>という思いの中で効果や表現の意味として意識されたら、と思うところです。

 環境や空間の提案として、きちんと作品を掛けてみること、一度、空間の相対の中で自分の作品を見つめてみること、個展を開くまでの機会がない会員諸氏にも、描くだけではなく自作と客観的に向き合う,自作を観ることもして見てください。絵画を理解することは、ただ主観的に描く行為に完結するのではなく、観ること、見せること、客観と主観の相対の広がりの中に意識されるものと思います。

●冒頭文後記
 この頃の日差しの強さに、迎える夏の気配を感じるには少し早いかも知れないが、個人的には今夏に予想する一段と厳しい事態に、すでにくらくらしてしまう。自分の制作環境をどのように築くか、制作すること、発表することをなかなか整理しきれずに、不勉強で怠慢な制作の、通年の制作サイクルとして、暑い夏=制作の季節、を団体展で過ごしてきました。所属団体展が新美術館に開催会場を移す今期、さあて、白すぎる壁、広すぎる会場、多すぎる作品、干渉しあう左右の作品、どうするのよ、私! 
(野村記)


<5月>
日々雑記---読みつつある本から
 絵画はいつ完成するのか、絵画にとって完成という概念どのようなものか、ほとんどの作家は、作業の目指す手順が明快であって、予定の状況を獲得できたら完成、というほど直線的な製作過程にないだろう。<そのとき>の到来をどのように判断するか。この、作家それぞれの判断の実感は、表現の方向性、制作の理念に関わっている問題と思える。

 フランシス・ベーコンはその完成のときの到来、その瞬間は、<偶然>の作用によってもたらされる、といっている。<偶然とは想像力の源><偶然の作用で、自分の描こうとしている現実が多様に見えてくるから>ベーコンの作品と偶然の作用の関わりに、個人的に非常なリアリティを感じて、その概念に惹かれる。

 イメージを作り出すことのない単なる現実の写実、物語を狙った絵(イラストレーション)を否定し、実存感の試行錯誤をみせるベーコンの作品は刺激的だ。人物や人体ではない、受肉の実在の示唆、<偶然>の<必然>、、、ベーコンの制作の真底にあるものを読み解く、<肉への慈悲:フランシス・ベーコン・インタビュー>を読み始める。

 意図的な作画行為と、偶然とを峻別する造形上の経験は、多岐な前提においての解釈を要するが、自分の制作では、常に意図的なフォルムの違和感、フラストレーションがあり、挫折や破壊の気配に向かって、画面を変容させるべく、無自覚的な絵の具の作用に軸足を変えてあがくことがある。

 <偶然と偶然を利用する可能性について考えてきた>とベーコンは語る。その無自覚的、偶発的効果、状況の打開としてとった手立てが<偶然>の作用として、思いがけず新鮮なリアリティとして立ち上がってくる。その表れは不意であり、その瞬間の到来が作品の完成を決定付るときだ、、と。

 イメージの執着は退屈になるばかり。出品用キャンバスは届いた。積極的な絶望を、絵の具の力を借りて立ち上げねばという焦りの中で、ただ、自分のレアリティが揺らぐ。余裕のないまま、ある日雑感。    
(野村記)



<4月>
「ふと目をあげれば空を覆う花の天蓋があり」
 ふと目をあげれば空を覆う花の天蓋があり、やがて路面に舞う花びらに春の風を見る。異常気象のここ数年、ヒトのとき(季節)の身体実感は混乱するばかりだが、植物は日照時間や気温の変化を察知して、あやまたず咲くべきとき(季節)を判断している。自然に惹かれ、植物に心寄せて、ヒトは生命のリズムを取りもどし、再生と復活の希望を託すのだろうか。風景の中の色彩の移りを、季節の実感とする。

 国立新美術館が先月開館成った。収蔵品を持たない、美術情報の発信施設(そりゃ美術館ではない、、という突っ込みに、国立・新美術館だってばー、と逃げ、通用しない日本語故 THE NATIONAL ARTSENTERと称する)つまり、国立貸し会場ですから、美術団体に所属する身としては大いに関心を持って出かけざるをない。

 オープン記念企画展の<20世紀美術の展望>。セザンヌの作品が1点、スポットを浴びた展示室から始まって(なるほど展望するのはセザンヌからなのね、と。)20世紀が模索した美術表現の変遷、エポック的作品を借り集めた、大変なダイジェスト版でそれなりに面白くもあった。ディシャンのかの有名な便器<泉>や、一連のオリジナルの前に立ったときは、既存の概念を新しい目と思想をもって揺さぶられる快感にやはり感動してしまった。現実を固定的に受け取って疑わないところに新鮮な表現はない。思想を物質化して作品とするときも、再構築されたそれらの実在は、正しいものは美しく、陳腐なものは醜いと感じる。

 やがて、広すぎる会場からただ脱出したくて、全く引っかからない作品は早足に歩きぬけるだけになってしまい、文化庁メディア芸術祭企画展示なる<日本の表現力>会場を回る頃には、文化庁企画という意味でも、この国の芸術行政の方向性を考えるに、奇妙な空疎に疲れ果てた。

 先週には、上野から開催地を移した美術団体が、新施設での開催を始めた。ひたすら真っ白い壁面の、美術展示会場にしては不親切なこの無機的空間に、どのような作品で挑むべきか、、、出品作品制作が常にまして気がかりになるこのごろでもある。         (野村記)


<3月>
「内なる批評家」
 画家は、自分の内側に「批評家」を飼わねばならない。つねに餌を与えて、成長させなければならない。制作に夢中になり、絵の中に入り込んでしまった自分の肩をつかんで、「ちょっと待て」とひっぱり出してくれるのはこの批評家だ。この「内なる批評家」は「描く自分」と「観る自分」とが出会う場所で育つ。

 栄養が行き届かないと批評家の眼が曇り、生み出される作品に判断を下す能力が欠けてしまい、画家は駄作に甘んじることになる。しかし、十分に成長した優れた批評家は画家に今以上の成果を要求し、簡単に納得することもなく彼を苦しめることにもなる。

 どちらにしてもこの批評家はなかなかやっかいな存在だが、彼(つまりはもう一人の自分)に依ることでしか、自分は自作を知ることができないということが彼の存在理由であり、芸術に客観的な力が付与されるのもこの批評家あってのことだろう。

 しかし何事にも例外がある。特別の才能を持つ者達、つまり天才達である。彼等はこの二つの存在が一致したところにもとより存在するのではないかと思う。ちなみにマイナーアートと言われる人々は、天才とは違う意味でこのような批評家を必要としないであろうことも付け加えておきたい。
(柴村記)


<2月>
「新国立美術館、開設を祝う?」
 六本木に新国立美術館が開館し話題になり、注目を浴びている。この美術館、収蔵品を持たないことがふれ込みになっているようだが、それってどうなんだろうと思う。昨今、美術館のあり方もずいぶんと変容しており、これも時代の流れなのかも知れないが、本当にその流れは良い方向に向かっているのだろうか。

 企画展はやってきては去ってゆくものであり、その企画が優れていれば何らかの切り口を見いだすことができるが、それ以前に肝心の個々の作品への精通が必要であることは言うまでもないだろう。常設=コレクションがしっかりしていればこそ企画というものが輝くのであって、どちらが欠けても美術館の存在意義はあやふやになってしまうのではないだろうか。

 そういう視点から見てもこの美術館が、上野の都立美術館を越えるような国立美術館に成長するとはとても思えない。5年も経てばその化けの皮が剥がれるのではないかと今から心配になる。何よりもこの美術館のビジョンが見えてこないのだ。

 元来、美術館や博物館は過去に学ぶためのものではなかったか。企画者が鑑賞者に対してなにか物珍しいものを見せるのではなくて、鑑賞者こそが主体的な姿勢を自覚して、古いものの中に新しいものを発見するための場所としてその美術館を選択、利用するものではなかったのか。

 鑑賞者をそのような姿勢にさせるような美術館がここ日本では少ない。あまりにも規模が小さすぎるし、客におもねる運営態度は目に余る。新しく何かつくるためよりは、既存の美術館の設備拡大、作品の充実、そして何よりもその美術館固有のビジョンを確立することにお金を使って欲しい。
(柴村記)


<1月>
「分相応の絵画鑑賞」
 新年あけましておめでとうございます。さて今年も例によって「なんたら美術館展」、例えばオルセー美術館展が開催される。混雑必至にもかかわらず人々は足を運ぶ。このことは日本にはじめてパンダやモナリザが来たときのことを思い出させる。

 異常な混雑状態で人の頭越しに絵を観ても、十分に鑑賞したことにはならないだろう。それでも人は観ないよりは観たほうがいいと言う。僕は観ないほうがよっぽどいいと思う。なぜならそういう状況での鑑賞は、何か珍しいものを目撃したということにしかならないし、かえってその作品のイメージ(表象)をゆがめてしまうと思うからだ。

 作品を鑑賞すると自分の中に「その作品の表象」が形作られる。その「作品表象」こそが、僕をしてまたその作品に対面せしめるわけだから、それが形作られる時間と空間を大切にしたいと思うのは当然のことだろう。

  展覧会に足を運ぶ人は「絵が好きだ」と言う。しかしそう言う人が二度同じ絵を観ようとはしない。それは日本の美術館常設展示室の空き具合を見ればわかる。オルセーの名品を観なくても、ブリジストンや西洋美術館の常設を何度も観たらいいだろう。たとえ名品が少なくとも、それらを二度三度と観て新しい発見がないようであれば、おそらくオルセーの名品を観るほどの眼力もないだろう。

 いい作品はいい眼によって観られるべきである。僕のような眼では、ブリジストンで分相応なのだし、この美術館の常設展示でずいぶんと眼を鍛えさせてもらった。本当の意味での絵画鑑賞とは「観るべき作品を自分の中に持ち、何度もそれを繰り返して観る」ことである。それができない人は軽々しく「絵が好き」などと言わないでいただきたい。恋愛もまた然りであるが、なにかを好きになるということはそれ相応の苦しみをともなうものなのだ。
(柴村記)

2006 サガンメール冒頭文レビュー

<12月>
 「芸術はバクハツだ!」「ゲージツはウンコだ!」などといろんな方々が異口同様に叫んだり、つぶやいていたりします。これらは見当違いの発言というより、けっこう本質を言い得ています。取りつくろう飾りをすてて、自らの内面を表現しようとの意味でしょう。作品を語るときに、アイデンティティー(独自性,主体性,本性; 帰属意識)を持ちだすことが多々ありますが、これも作品と自身の同一性を見極めることにあります。

 さて、サガンにおいて。素人だ、初心者だ、アマチュアだと言っても、作品を作る上では、その同一性は避けて通ることはできないはずです。それを避けてしまえば、巷のカルチャーの習い事に過ぎません。出来る出来ないではなく、その気持ちが必要ということです。

 皆さんの作品は、自分の分身です。それを認めることが出来ない方は表面を取りつくろっているのでしょう。作品をサガンのゴミ箱に捨てていくのは、自分を捨てていくことです。僕はゴミ箱の中の作品を見るととても悲しい気分になります。汚れたパンツを人様の家のゴミ箱に捨てていくようなもの、作品は自らの手によって処分してほしい。

 屋上の作品置き場には、制作中ではない、忘れて放置されたものがたくさんあります。これも人様のお風呂を借りて、汚れたパンツを脱衣かごに忘れてくるようなもの。とても恥ずかしいことではありませんか?

  整理整頓という観点ではなく、自ら生み出した作品の処し方ということで考えると、物を作り出すのと同じく、後始末のつけ方というのが大切だと、つくづく作り手として思うわけです。

 年末の大掃除があります。皆さんの気持ちをください、よろしくお願いします。
(サカイ)


<11月>
 決算大バーゲンが終わり、秋本番となりました。 企業は、その決算を経て黒字だ赤字だと奔走し、自らの家計も赤字続きだと嘆いたりします。要するにプラス・マイナスは生活する中で多々あります。教室内でも、描いたり消したりという行為が繰り返され、まさにプラス・マイナス。鉛筆デッサンで、鉛筆で黒々と塗りつぶされた紙を渡され、「ハイ、描いてください」と指示されたとしたらどうしますか?練りゴムという消しゴムで、明るいところを掘り起こすように描いていくことになります。ということは、練りゴムは消す道具ではなくて描く道具ですよね。

 中学に進学して、算数から数学になったときに、3-2=1が3+(-2)=1となり、なんで引くものをわざわざ足さなきゃならないのだ?と疑問でした。引くという行為より数字自体に意味があるということですよね。描く行為はたえず+++の積み重ねですが、[プラスの描く]と[マイナスの描く]が+++と積み重なっていくことです。

 みなさんも、どんどんキャンバスの絵の具が厚みを増し、それと反して制作意欲が減少していく経験があることと思います。前月号でお話しした「描きすぎてボツになる絵」は、まさしくマイナスの描写意識の欠如ということです。初心者はとくに、プラスとマイナスの振幅と回数を増やすことを勧めます。そのことが経験となり、自信をもって絵の具を置くことになるのですから。
 
初心者に勧めておいて、未だにプラスマイナスのさじ加減に苦労しているサカイが個展を開催します。お時間がありましたら、ご高覧の上ご批評よろしくお願いします。詳細は下記サイトにて。
http://www.a-paguro.com/
(サカイ記)


<10月>
  11月21日から開催する個展の作品制作を先月末で終えました。ちょうど2ヶ月前ということになります。搬入当日まで描き続ける作家も多々いるなか、なぜこんなにはやくやめてしまうのか?それは「その作品は仕上がっているか?」というタイトルで、柴村講師がサガンのホームページにエッセイを書いていることにあります。
http://www.a-sagan.com/sagan_main/exhibitionreviewssiba_0608.html

 「その作品は仕上がっているか?」は、どんどん作品が悪くなっていって、初めてあのときにやめておけばよかったと気づきます。どんなに経験を積んでもしくじります。軽やかなイメージを求めているのに、どんどん厚塗り重厚な絵になっては、気持ちも悪くなり、鬱々な状態になります。

 やらないで後悔するより、やって後悔する方がまだましということで、作り手はアリ地獄の中心にはまっていきます。そこで、僕はこれを回避するために、自らに期日を指定するようになり、さらに予備の作品を用意するようになりました。でも、なんぼ短い時間に自らを縛っても、その中でさらに手を加え、悪戦苦闘し、仕上がっている絵をどんどん壊すことになります。

うんざりです。描き始めはあんなにたのしいのに・・・。
では、描き始めの絵はなぜいいのか?

1,描きたい対象がダイレクトに現れている。
2,白地のキャンバスが絵の具のもつ輝きを引き立たせる。
3,よけいなことをしていない。
4,なによりも自分自身が新鮮。
5,勢いがある。
ということで、だからそれでやめればいいのだが・・・。

  素描はいい状況で筆を終えることが出来るので大好き。しかしキャンバスなどしっかりとした支持体に描き始めると、どうしてできないのか? 以前、マチス展での出来事です。お父さんが子供に「このような塗り残しはいかん!」と訓辞をたれていたのです。バカなことをいわんでちょうだいと思っても、同じ狢の教育のもと、目くそ鼻くそを笑うとはこのことだと思う。

 今回の作品もすでに描き始めのよさは遠く彼方へ。展覧会前は出品作品のことは忘れ、雑用をこなしながら次の作品を手がけます。会場の作品は過去のことと理解でき、まことに平常心で会期を迎えることになります。なにごとも前倒し、100利あって1害なし。
(サカイ記)


<9月>
 昨夜は激しい雷雨、夏の熱気を一気にさらい秋が顔を覗かせる。

 ただこの秋がくせ者で、芸術の秋などと呼ばれて久しいが確かに美術館なども企画展などが続く。公募展に所属している二科展の野村講師、主体展の私は秋一番の展覧会のふれこみの下、皆さんが海だ山だお墓参りだと出歩くのを尻目に、色だ、形だ、構図だ「ダメだー」と雄叫びあげて毎夏を過ごしています。

  ですから、秋の作品と言うより猛暑をくぐり抜けた作品が並んでいるわけです。公募展の賛否はいろいろあります。私も出品の動機はもちろんありますが、年一回必ず大作を描く事は制作を続けるなかでとても重要でもあります。100号以上の作品は体で描かなければ先に進めません。画面の前ではキャンバスの断面があるばかり、緩急をつけて筆を走らせ、解体と構成を繰り返す。予定調和にならない様にと。

 そして搬入日を迎える。展覧会終了間近になってやっと頭と体の熱がおさまり夏が終わる。私の冒頭文もこれで最終回、皆さん秋の味覚楽しんで下さい。
(齋藤記)


<8月>
 梅雨が明けになった途端に台風が発生したりと8月も慌ただしいですね。温暖化というより赤道が近づいていると思ったほうが納得でき、ゴーギャンの作品が身近に感じるこの頃です。

 前回に続きまして、昨年より開催している齋藤クラス会員主催の院内グループ展について記してみたいと思います。病院という特殊なスペースでの展示なので、それぞれが自主的に下見し、自作を吟味選択し、搬出入 展示及びキャプション作成など各人がいかに主体的に展覧会と関わり持ちつつ、どう緊張した空間に展開していけるか、特に医療現場の妨げにならないという事もあり各人が展示に於ける責任が問われるものになりました。

 期間はまず1年。3ヵ月を1クールに展示を変え、メンバーを固定せずに続けています。展示場所は診察室、検査室、通路で病棟には展示していません。現在は賛同してくれている作家の作品も含め100点を越えております。

 この展示においては特に下見が大切で非常に綺麗な病院ですが、地下の検査室、狭い待合室など閉じた空間もあり、まず自身が体験しなければ参加できないのがただ一つの条件になっています。そしてありのままの作品を飾るのが好ましいという方向で各人が作品を選択しています。また、通常と異なるのはキャプションに作品のコメントを一言付け加えたりもしております。

 3クール目に入り展示も安定して来ました。特に閉じられた空間が絵画の照射によって変化する様は絵画の可能性を改めて感じさせらます。展示作業が終わりに近づくと入院患者さんが家族とコメントを読みながらゆっくりと作品を見て回っている姿を見るにつけ、作品、展示の表現の切り口は決して一つではなく多面的であると実感します。

 今はまだ実験的な展覧会で試行錯誤の繰り返しですが、今後も継続を望まれていますのできっといろいろなアイデアも取り入れて動いている展示になればと期待しています。お時間があればちょっと覗いて頂ければと思っております。    
(齋藤記) 


<7月>
 今月から齋藤が担当します。w杯の熱気も醒め期待の青きサムライも青白きサムライで舞い戻りやれやれでしたね。

 1年半ぶりのサガン展如何でしたか?今回も130点以上の作品が並び、程よい緊張と落ち着きが会場を満たしてしていたと思います。我々スタッフも会場のそれぞれの壁が同じ密度、心地よいリズムを奏でる様陳列作業にあたりました。

 アトリエでは出来立ての湯気があがっていた作品も、以前から仕上がっていた様に見えるのが不思議。印象的だったのは開館から閉館まで毎日受付を担当していた高橋さんの言葉。
『気持ちいいですよ、ここにいると。時間が経つにつれていいなと思う作品があるのですね』実感のこもった言葉、現在のサガン展の何かが窺える。

 展覧会で思い出したが以前は安井賞展という画家の登竜門のコンクールがあった、何回続いたか覚えていないが、戦後抽象主義が大旋風になり具象絵画の危機を救う為に始まった展覧会と聞く。

 毎年グランプリに輝いた作品をみていたが、当初の目的が達成されたと最終回には1回目からの受賞作品がずらりと並んでいた。最もこの最終回で光っていたのは安井曾太郎の作品であった。そして、以前には刺激的だと思った作品が引っかからない。

 時間や時代が作品を検証していく、普遍性を伴った作品は,どの時代にでも自立してそこに在る。制作にも鑑賞にも作品にむける意識した眼差し、展覧会はその入り口になる。
(齋藤記)


<6月>
 日記より「恩師の言葉」

 今日、習作を一点ものにした。例によってたいしたものではないのだが、それでもめったにあることではないので気分がいい。過去の失敗作もそれなりに意味あるものとして見えてくるから不思議なものだ。それも長続きするものではなく、明日になれば不満がつのるのはいつものことなのだが、、、。

 最近、高校時代の恩師が亡くなった。放任主義でとくに指導はしないが、一日の制作が終了した夕方、講評会だけは欠かさず開催する先生だった。研究所は北窓しかなく、いつも自然光で描いていた。「講評会でーす。」と先生の声が聞こえる頃は、陽もとっぷりと暮れ、点灯した照明のまぶしさに眼をほそめることもすくなくなかった。

 講評の熱が入ってくるころ、先生の口から興味深い言葉がこぼれることがあった。「うまくいった作品を自分で受け入れることは簡単だが、君たちは作家になるのだから長い制作の過程でうまくいかなくなる時がかならず来る。その時の作品をも、自分の生み出した作品であると受け入れることだ。」

 そういった言葉の意味を高校生の自分がわかるはずもないのだが不思議とおぼえている。あれから30年近い年月をへた今、それらの言葉が自分に語りかけてきてその意味を証してくれる。先生の言葉は僕の中でその意味を成すまで長いあいだ眠っていたわけだが、人間の記憶とはそのようなことのためにあるのかも知れない。   
(柴村記)


<5月>
 今日、かかりつけのセラピストとはじめて箱庭療法なるものをやってみた。

 ひとかかえもある丈の浅い箱に、砂をたっぷりと満たしてある。砂をかきわけると水が現れる。箱の内側はトルコブルーのような色で塗られているのだ。

 棚にはありとあらゆるオブジェたち。小さな家、天使、椅子、モスラの幼虫、ゴム製のへび、マリア様、戦艦、その他いろいろ。20分ほどで完成。イスに座って横から眺めると何かしら風景のように見えておもしろい。

 天使を頭から砂に埋めたり、北の極に時計を置いたり、でたらめなことをやって出来上がった世界はそれでも言うに言われぬ調子が流れていて無作為に投げ入れたものとは異質なもののように思えた。断片的ではあっても、それらが砂や青い水によって連結されて、ひとつの流れができている。

 しばらく眺めていて、理由はわからないが夢に似ていると思った。

 後で考えたことなのだが、夢を思い出すとき、断片的な場面ばかりが強調されて印象に残っていることが多々あるが、にも関わらずその夢はその夢独特の調子が流れていることが以前から気になっていた。そういった夢の背景に流れる調子というものと、箱庭の断片的なイメージを結びつける砂や青い水は、「媒体」のような役目を担っているところで共通しているように思われた。
(柴村記)


<4月>
 昔の日記より「かたち」と「表情」について

 以前、亡くなった知人の顔を拝んだときのこと、瞬間、その人だとわからなかった。 文字通り「顔かたち」はその人にちがいないのにもかかわらず、「死に顔」を支配しているなにか異様な雰囲気に驚いたようなところがあったのかも知れない。

 このことは高校生の頃、通っていた美術研究所のイベントでライフマスクを取ったときのことを思い出させた。 あおむけになって、鼻に呼吸用のくだをつけて離形剤(ワセリンなど)を塗って石膏でかたをとるのだ。 ところができあがった真っ白なマスクは自分の顔と違うように思えた。

 ただ、石膏が固まるまでのあいだ、息苦しかったことなどを思い出すと、不思議と「その時の顔だ」と納得がいくのだった。

 このふたつの体験に共通なことは「生きている顔」から「形」だけをぬきとったものは本来の顔とは違うものになってしまうということだろうか。「かたち」に先立つものとして「表情」というものがあるのか。

 人であふれかえる街中で知人を見分けるのは簡単だが、たくさんの死体の中から目当ての人をみつけるのは困難なのかも知れない。
(柴村記)


<3月>
 ようやくの暖かな陽射しに、猫もデッキで日向ぼっこ。
むんずと捕まえてブラッシングをすると、驚くほどの毛がとれて、猫も私も少し薄着 になりました。

 卵からかえったばかりのひなは、初めて目にする動くものを、それが何であれ母親と 認識し、終生訂正できない、、動物行動学のロレンツ博士の、鳥の学習機能<刷り込み>の理論です。 雛鳥画学生であった私の<刷り込み>の話。

 好意的な批評を受け、礼をいって女生徒が立ち去るや、見学の私たちに向き直り、にやりと笑って、女の子にはアレで良いやね!と ぺろりと舌を出しされた森芳夫先生。以来、好意的な作品批評は、全く信用できなくなりました。

 もし誉められるようなことがあれば、愕然として不安になってしまうこと。 後陣の作家達の個展案内状を指しながら、ご高覧のうえ批評してくれ、などと呼びつ けるなんて失礼だね!とおっしゃった森芳夫先生。 以来、目上の方、先輩、又は誰に依らず、展覧会の案内状を出すことを躊躇してしま う様になりました。 案内状もよこさない失礼なヤツだと言われても。出しても、出さなくても失礼なジレンマを如何にせん。

 森芳夫先生は、美大の1,2年時の指導教授でした。 元より教育が本分ではない、個性の強い絵描である教授達は、受け身の指導を甘えるような学生を相手にするはずもなく、殊に森先生の厳しいデリカシーは、分かり難い、皮肉でシニカルな鎧をまとっているようでした。 作家から学び取るだけの力量もなく、自我ばかりの生意気で稚拙な学生に、素朴なシ ョックが奇妙な<刷り込み>となったようです。

 学びとる、と言うことは主体的な力量の問題です。 記憶は選択できない。遺憾ながら不足ばかりを想う、、春なのに。
(野村記)


<2月>
 猫科に辛い2月です。
 大寒波、豪雪の被害のニュース続きに、もう雪も寒さも堪能しきって、少しでも暖かな春の気配を切に待ちかねています。

 しかし、気温が上がり始めると、あの豪雪はただ消えて無くなるのではなく、新たな危険に変わる厳しい事態も知りました。

 東京生まれ、東京育ちで、帰郷する古里、案ずる国元もない私は、例えば、白い起伏に重く被われて、反射光を光源に、雪の虜囚として閉ざされる、、他ならぬその土地に生きるとは、どんなことだろうと、様々思いを馳せてニュース画面を見てしまいました。

 思い返せば、子供の頃の東京も寒かった。洗面器に張った氷を割り、湯たんぽの湯で顔を洗い、つららを折りながら、霜柱をざくざく踏んで学校へ行く朝。ある冬に、建設途中で未完の父のアトリエで寝かされ、枕元まで吹き込み積もった雪の雪かきの音で目覚めたこと、、、これは昭和30年代の六本木の話です。

 六本木ヒルズはバベルの塔の様にそびえ、表参道ヒルズにソドムの虚飾の市を思い、かの地のある時代を思い出の地とする身には、やや哀しい変貌でもあるわけです。揺籃の地の記憶、時代や風景の質が、原風景というか、離れがたいあるイメージを構
成するとすれば、刻々に風景を解体し、増殖する東京の昨今の風景のもたらす感性は、今やどの様なものなのでしょう。

 あらかじめ失われた風景を古里とする東京人の私は、都市生活の者の傲慢を省みつつも、つらつら思うことでした。
(野村記)


<1月>
 ことさらに寒さが厳しく感じられるのこの冬ですが、サガン会員の皆様には、如何、お正月を過ごされましたでしょうか。どうぞ、今年も1年、健康で心穏やかに過ごせる日々でありますように!

 さて、今まで、サカイ講師の責任監修の配信に頼るままのサガンメールでしたが、今年から、知識と技術の如何に関わらず、高橋さん編集のもと、冒頭ご挨拶も各講師
待ち周りで参加させていただくことになりました。

 1,2,3月サガンメールでご挨拶することになりましたのは、早寝早起きのサカイ講師の対極で、早朝ランニングも、計画を立てることも、お尻を振って歩くことも、全く致しません、夜行性、冬眠体質の木曜日担当講師、野村です。

 夜更けて訪れる思念の翼を待って、曙光とともに霧散するまで、、、夜中に制作した作品の徒労に終わる結果に愕然としながら、それでも、深夜のったった一人感が好きです。
 
 ちょっと新年の新聞に拾った、今年企画の展覧会情報で、個人的に興味のあるところ。
@田淵安一展 かたちの始まり、あふれる光 4月8日〜5月21日
@ジャコメッティ展 矢内原像油彩7点、胸像彫刻を含む100点以上の展示 6月3日〜7月30日
※ともに神奈川県立美術館(葉山)
(野村記)