なぜか、この世ならざるものに惹かれてしまう。と言ってもオカルトの類ではない。不遜なのかしら、このジャンルわたくしは自身の目で見、体験したことでないと納得できないのだ。と言っても完全に否定しているわけではない。わたくしの見聞なんてこの世の一部に過ぎないし、科学がこの世の現象すべてを解明しつくしたと思っているわけでもない。だから、 霊の作用なども あり得ることかもしれない?程度には考えている。
こころ 惹かれるのは、ものがたりのなかのこの世ならぬ世界だ。これにはなによりも<ことばの力>が要る。選りすぐられたことばの力で<ゆめと、うつつ>のあわいにあるものが立ち上がってくる刻。手練れの技に惑わされるそのひととき、少しおおげさだが知の陶酔的なよろこびを覚えることがある。
ふだんわたくしの自分時間は、新聞とコーヒー片手でスタートするのだが、A紙の連載小説「宿神」が始まって今日で124回。これを読むのが楽しみだ。平安朝期、平清盛の青年時代にはじまるものがたり。はじめて読む夢枕獏の作品だった。世にひそむもののけや、裡に抱える邪念から鬼と化した人間などの、この世との、あるかなきかのあわいを、妖しくかいま見せてくれる。嘆じ入ることばの匠である。
こども時代のピーター・パンや、アルセーヌ・ルパンへのときめきが蘇るようだ。昨日など源義清とあやかしの技を持つ下人との、この世ならざる優美な蹴鞠の遊技をたのしんだ。ものがたりの中、夜闇に潜みともに妙技を愛でているらしきギャラリー、鬼やもののけらと共に・・・。
ことばの力って凄いなー!とこのところ毎朝のように歓ぶ。むかしから言葉によわいわたくしで、気をつけねばと自戒することの一つだが、これはもう手放しで歓んでいられる。苦手な朝がこんな風に迎えられるなんて・・・。気持ちでは、A新聞社にお礼状でも送りたいところだけれど、無精なので、そのまんま愉しみっぱなしだが・・・。
ところで、またいつもの饒舌なんですが、すでに終了したA紙前回の夕刊小説。吉田修一の「悪人」、これも凄かった。良かった。わたくしはこの作も毎夕期待して読んだものだ。
こちらは全くリアルだ。佐賀の山へ分け入る峠道で行われた一つの殺人。加害者、被害者、およびその周辺、係累の人々が、鮮やかな存在感でデッサンされて行く。あたかもルポルタージュのような筆致で平凡な人々の、ひとり、ひとりの日々が、我が身近くに息づく人のように覚えてくる。
思わず感情移入してしまうこれら普通の人々の描写が、おのづと現代の世相を見事にデッサンしていた。人それぞれが生きることの根底にある孤独感がリアルに漂い、胸を圧するように終えた力作。これも言葉の力だ。すでに芥川、山本賞を受賞して中堅にある人だが、この作家も寡聞にしてわたくしは初めて。凄い作家だ!と、遅ればせながらも嬉しい発見であった。
この書「悪人」は最近単行本になり、書評欄でもたびたび取り上げられている。そのつど(我が意を得たり)と、まるで育ての親のように、なぜか喜んでしまっている。いつもながらの他愛なさだ。
話をもどして、虚構と現実のはざまに構築される統べての芸術分野。現実を検証しつも、ときに現実を凌駕し、あるいは未来を予兆し、現代をのちの世へ止めるこの世界もまた、この世ならぬものではないかしら? 秀作に出会えるよう、アンテナを張っているが、映画狂のわたくしは、日常的にはまず手軽で、総合芸術でもあると思う映画から多くの恩恵を受けている。
その他最近では、ミーハー的芸術ファンとしてやはり出向いてしまった、ダビンチの「受胎告知」。品の良い繊細なうつくしさがこの世ならぬ美を漂わせていた。それから、先々週見た芝居。野村萬斎監修、川村毅演出による現代能楽集「AOI/KOMATI」もすばらしかった。能・現代劇・舞踏・カメラによる舞台装置の効果など、古典と現代の融合を満喫したものだ。 人の情念が、ひそけくも存分に濃密であり得た平安朝の女人、葵の上と小野小町。2人の中の永遠に女なるものの妖しさが、現代に生きる女性に見事転生されていた。とても面白く、ともに、この世ならぬものを見せる芝居だった。
こうしてみると、実によく遊んでいる、と、さすが気が引けてくる。さきほど、言葉のちからによる、この世ならぬものに酔うに、警戒はいらないと書いたが、本当はすこしく、いえ結構心配しなくてはいけないことであろう。身はこの世、生きるに大変なこの世に在り、人並みな悩みだって抱えて来たのに、振りかえるとずーっと昔から、こころが現実から離れがちに逸れてしまうのだった。
5つの時に失った、7つ上の姉への想いをはじめ、読んでいる本、空想・夢想にとらわれる刻が多かったように思う。生来の質と思うが、それはたぶん逃避でもあったろう。だが、思い込みの多い独りよがりではあっても、わりあいと満ちた人生だったのか?あるいは、より良きものを多く逃したのか?ハムレット的疑問だ。
でも、もうここまで来てしまった。行き馴れたオタク人生を、これからもぶらぶらと行くことにしよう。